HERO-英雄 ネタバレ感想

公式ページ http://www.hero-movie.jp/phase2/

美しい映画である。

この映画の映像はすべて、現実の描写と見るべきではなく、人の心の裡なるものと解釈すべきであろう。すべて、無名と秦王(始皇帝)との淡々とした会話の中の話だからだ。
だから、飛ぶはずのない飛翔のためにワイヤーアクションがある。CGによる飛び交う黒い何万本もの矢がある。髪の毛の先までコントロールする特殊効果がある。「マトリックス」が「仮想現実」ならば、こちらは「想念世界」といったところ。すべてが過剰なほどに強調された世界。「マトリックス」でネオが空を飛び、銃弾をよけられるのと同じくらいに、4人の刺客たちの世界の自由度は無限なのだ。

碁会所での戦い。降る雨の美しさ。老人の弾く琴の音の中をひたすら繰り広げられる無明と長空との、壮絶な決闘が始まりである。美しい琴の音色との、行き詰まる戦いの緊張感にとにかく引きずり込まれる。

緋色の衣装で舞う、落ち葉の中での女性同士の戦い。多分、この映画での最も美しい場面か…。飛雪と如月の女のエゴをぶつけあうある意味最も醜い場面でありながら。
舞い散る木の葉は、かくも鮮らかに、二人の女の情念を映す。

そして、残剣と秦王との、これまた行き詰まるような戦い。碧色の布のあきれるほどの量とドレープの美しさ。剣をつきつける残剣のぞくぞくするほどの格好よさ。

どれをとっても緊張感あふれる美しい場面の数々である。

そして、モブシーンの素晴らしさは、特筆に値する。人民解放軍というモノホンの兵隊さんを使えるというアドバンテージはもちろんのこと。そういう統一された行動の美しさを十分に引き出しているカメラマンの「腕」が凄まじい。

これほどに映像美の深みにはまりながら、この映画は「エンターテインメント」であることを忘れてはいない。次々に変わる衣装の色で、その世界を表しながら、無名と秦王との「言葉」による生命を賭けた戦いを描く。常にどんでん返しを用意しながら…。同じ戦いを、同じ結果を、語られる言葉の違いによって少しづつ意味をずらしていく、その脚本の妙

繰り広げられるアクションによる戦いが象徴するのは、畢竟この二人の「英雄」としてのヴィルトウ(力量)である。独裁者の暗殺を企んだ時から生きて戻らぬ覚悟の無明と、あらかじめ相手の意図をある程度見抜きつつも、自分を危険に晒してまで真実を欲した秦王。その火花散る対決である。

そして、真実を得たところで、秦王は王としての義務を果たさねばならなくなる。自らの誠を知る人間の処刑の命じねばならぬ。彼は再び、孤独な皇帝として生きねばならないのだ。(始皇帝には何故か、荒野を唯一人馬車で疾駆するイメージがある。一代で帝国を築き、死とともにその帝国を終わらせた男の絶対の孤独。)
彼を責め、「処刑」を要求する宦官たちも、これまた彼の心の像の投影であろう。秦王の如き独裁者に、たとえ宦官であろうと意見など言えるはずもないからだ。

おそらく、飛び来る矢を一矢たりとも避けず、払わず、無名は死を全うしたのだろう。彼は勝負に勝ったのだから…。

復讐のみを心に誓い、愛する男を殺す飛雪も。秦王を殺させぬことにより飛雪の剣を身に受ける残剣も。その二人の絆を見せつけられつつもなおも残剣を慕う如月も。
HEROは、そういう男として、女として、人としての「意地」の勝負の物語である。


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