アバレンジャー・555映画ネタバレ感想

劇場版 爆竜戦隊アバレンジャー DELUXE アバレサマーはキンキン中
公式ページ http://www.abare.jp/index.html

物語自体は、まあ、どうってことない。本編に絡むところもあまりない。お気楽に肩の力を抜いて、スタッフのお遊びとサービス精神を楽しめば「よし」という感じ。
氷山に閉じこめられていた爆竜の復活ということで、往年の怪獣映画へのオマージュというかパロディというか…。
とにかく、怪獣映画好きならニヤリとしてしまうような場面てんこ盛りなんである。ヘリコプターで怪獣を発見したパイロットがへたくそな英語で喋るところとか、巨大生物があらわれましたとおおまじめにニュースを読むアナウンサーとか、ガメラファンには大受けするところかも。
もちろん、あらわれた爆竜はちゃんと「船」を沈めるし。これぞ、伝統の継承といわずして、なにをかいわん。

だから、でてきたお姫さまが少々ボリュームありすぎだとか、二重顎はやはりちょっととか、敵の声が「諸星あたる」なので、緊張感がだいなしとか、そういった点は小さなところである。

また、6つ混ぜてるからトリノイドではなくヘキサノイドというのは化学の徒としては大変に頷ける細かいところだ。男性諸氏にはらんるやエミぽんのビキニ姿やビーナス姿が好評であろう。

また特筆すべきはトリノイドたち異形が、闇の中で蛍光は発して光っていることだ。これは、いいアイデア。美しいし。

アバレキラー問題は先送りというか棚に上げているというか。ま、すべてパラレルワールドの映画として、割り切ればそれでいいという感じ。
でも噛ませ犬としてかなりヘタレな状況。すなわち、敵がいかに強いかというリファレンスにされちゃっているわけだ。で、さっさとやられておしまい。
とりあえず、テレビシリーズに関しては、とにかくアバレキラーは慎重に取り扱ってほしいものだ。ジャンプ形式に、「悪い奴が改心しましたからそれまでの悪事はすべて水に流して仲間です。でも味方だから力関係の問題でヘタレちゃいました。テヘッ」とヘいうことにだけはなって欲しくない。いや、そういうのってもう何百万回も見てしまったので。
だから、去年のゴウライジャーのように戦隊のひとりとして参加しなかったことだけが救い、か

エンディングは予想通り、去年と同じく敵も味方も悪も正義もいっしょに「アバ、アバ、アバレンジャー」を大合唱。いや、これを見るためだけに劇場に行った甲斐があったってもんだ。エヴォリアンはみんなでカレーのつまみ食いをしているし。

エンディングのエンディングで、出遅れたギガノイドをファイズにだしてやるー、とヴォッファが叫ぶのも、大笑い。実際、アレはファイズででてきた巨大オルフェノクなのだろうか?
それとも他にでてきたんだろうか。

尺が短いなりに、やれることは精一杯やりましたという感じが好感が持てる映画だった。

劇場版仮面ライダー555 パラダイス・ロスト
公式ページ http://www.rider555.jp/

平成仮面ライダー映画第三弾。
毎年毎年、ぶちあげる煽り文句とはったりと中味が違うことでは有名なこのシリーズ。今年の煽り文句は一万人ライダー。一般エキストラ一万人を募集ということでの話題作りだけは上手い。
どうなるんでしょ、と思わせて、どうにもならない ところがご愛敬、と許せるか、許せないか、で、今年の映画の評価は変化するんじゃないだろうか?

設定はどっかから借りてきたとしかいいようのない近未来終末後の世界。そうして、実に重々しい異種と人間との共存という難しいテーマ。
これをたったの一時間半の映画、しかも実写で描くのは、はっきり言って無謀でしかない。

異形と人類の力関係が変わってしまった世界、悪の秘密結社が本当に世界を征服してしまった後でのヒーロー。「ガイバー」でやろうとしてあまり上手く機能していない設定をまんまぶち込むかねえ…。その場合、ヒーローは徹底的に無力ということになるわけで。それを覆すものは何か?という話になる

異形とは、少数であるがゆえに異形である。それがマジョリティになってしまえば、異形こそが「人類」そのものということに。しかも人間とオルフェノクは、コミュニケーション可能な存在である。格好が少々違うだけで、「ヒト」と全然変わらない。
そこに築かれた平和な世界を壊そうとすればヒーローは変質せざるをえない。すでに「正義」を背負って立つ側ではないのだ。
もちろん、その難しいテーマに挑み、描ききることができるのならば、賞賛に値するのだが…。

さて…。

そういった暗い世界観であるにも拘わらず、レジスタンスの連中がいかにも暢気なんである。切迫間が感じられない。もう、そこらへんで、たむろっているティーンエイジャーにしか見えない。絶望的な戦いに、オルフェノクになるのを拒んで暮らしているという悲壮感もない。
誰か、レジスタンスの親玉に、マイケル・アイアンサイドでも連れてきてやってくれ。

不評の学芸会のような仮面舞踏会だけを差して言っているのではない。銃の持ち方ひとつ、異分子を責める表情のひとつ。苦渋する演技の数々。追い込まれて飢えている人間という雰囲気が感じられない。当然ながら彼らの言う「救世主」への渇望も、本当に薄っぺらなものに思えてくる。

その一つは、やはり役者の平均年齢が低すぎることが一因かもしれない。深刻な目をした「大人」をひとりでも配すことができたら、ここまでぷかぷか浮いた「終末」にならなかったかもしれない。

テレビシリーズでも言えることだが、スマートブレイン社の目的が映画でも今ひとつはっきりしない。人間がマイノリティならば、別にリオットで思い出したように襲う必要があるのか。人間との共存を望む木場たちをそのままにしている理由はなになのか…。まあ、オルフェノク絶対優位では、企業体を模した世界征服秘密結社なんて、すでに用済みということになるけれど。

(好意的に解釈すれば、ここのところは説明不足に陥っているだけなのかもしれない。もしかしたら人間はオルフェノクを生み出す母体で、ある程度養殖しておかなければならないとか。王になる予定の木場たちは、その予定のために生かされていたとか。スマートブレインは独裁による恐怖政治をオルフェノク世界にひこうとしているとか。全然そんな描写ないケドさ。)

ころころと無駄に人が死んでいくこの映画だけれど、鶴フェノクと海蛇フェノクの犠牲は割とよかった。海堂役の役者さんの巧さで、現行不一致男の海堂が、ちゃんとキャラを守りつつかっこよく死んでいったし。由佳の死に顔の鶴の模様も美しかった。彼らの死が木場の変遷のトリッガーとなるということは、確かに頷ける。(テレビシリーズの世界とはパラレルだろうから、恋人殺しはなかったということになるのかも。)一方、カイザ草加にしろ、巧を助けた靴売りの少女ミナにしろ、相変わらず無駄な死人は多い。

そして闘技場である。
これが、まったくスター・ウォーズエピソードIIそのまんま。
彼我の技術力の差を考えると、これはかなり情けない。アイデアをどこかからいただいてくるのは別に悪いとは言わないが、それにしても、ついこないだ公開されたばかりの映画、しかも特撮技術では敵いようもないところから、なんの工夫もなくそのまま持ってくるというのは見ていて辛い。
ILMの技術力をもってしても、オールCGのクリーチャーと人間との合成は難しいのに…。

一万人ライダーとぶちあげたものは、単にこの群衆を人海戦術で行ったにすぎない。(一万人の変身シーンを楽しみにしたのだが、やはり無理だったか…。)
確かに大量のエキストラを使うことによって、迫力のあるシーンを、との意図はわかる。しかし、それでも騒ぎ立てる観衆の身勝手さと醜さを見せつけられるのは、極私的には勘弁してほしい。(そしてそのイヤな感じはファイズ映画に喜んで出演した一般エキストラさんのせいじゃないだろうし。)

木場がダークサイドに堕ち、そして堕ちきれずに死んでいくという展開はいいと思う。555に変身できる巧の正体が予測したとおりオルフェノクであることも、真理のオルフェノクへの残酷な表現を踏まえると、皮肉が効いていていい。ラストバトルでオルフェノク同士の戦いがファイズとデルタの戦いに重なり、さらに人間体同士の戦いと重なるのは、この映画における一番の見所だったとは思う。

それにしても、こういったスパイスの効いた部分と、古今東西のアニメや映画からひっぱってきたアイデアやらなになら、この尺に詰め込みすぎて、すべて未消化という感がある。
まあ、この大いなる挑戦の意気やよし、と評価するか、何がやりたいんだーと思うか…。
うーん…。

戻る